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お念珠を編んだよ。 [お寺]

 こないだ、ご門徒さんちにお参りに行く直前、家の中で「ぷちっ」と言って、お念珠(お珠数)のヒモが切れました。家族中で声をそろえて言いました。

 「うちのなかで切れて良かった。」

 外で切れたらタマがどっか行ってしまう場合が多い。タマの予備はないので、行ってしまったらお念珠は必然的に一回り小さくならざるを得ません。それが避けられて本当に良かったです。

 お念珠のヒモ、いろんなスタイルがあります。うちの浄土真宗本願寺派では日常使う一重[ひとえ]のお念珠(単念珠[たんねんじゅ])はごく簡単にヒモで編む場合が多いです。なので自分で編むお坊さんも結構たくさんいます。わたしが通ってた「中央仏教学院」という専門学校(京都)には「念珠編み愛好会」がありました。わたしソコには所属してませんでしたが、ソコに所属してた友だちに教わったり、自分で自分のお念珠をほどいてそのまま組み直したりしてるうちに、何となくやり方がわかってきたので、今は自分のだけは自分で編むようなことになっております。

 安居でお世話になってる先生は、ヒモを編むだけじゃなく、タマまで自分で作成されます。いろんな木材(かつて本堂の柱であった木材など)をグラインダーで削られてます。

 わたしがもらっていま使ってるのは、梅干しの種を加工したタマで先生が編まれたものです。今回はそのお念珠が切れたので、自分で編み直すのです。

 ヒモはそんなに強くないのでそんなには保ちません。なので、まず丈夫なテグスを通し、そこにヒモを結んで編んでいく、というスタイルを取っています。こうするとテグスは切れてもヒモは何度も使える‥‥はずだったんだけど、このたび外したヒモは部分的にまだらにものすごく色あせていて、見た目的に再使用に耐えませんでした。新しいヒモを使うことにしました。

まず、タマたちにテグスを通します。テグスは「14号」です。
01_テグス.jpg

ぎゅっとひっぱって、そこにヒモを2本、なんとなく十字になるように置いて、結びます。ぎゅっ。
02_ぎゅっ.jpg

ぱたん、ぱたん、ぱたん、と3本は隣のヒモの上に折って、最後だけ隣のヒモの下にくぐらせます。(結果的には全部が全部の隣のヒモの下にくぐった・隣のヒモの上にある、状態になります。)そして4本ともきつく締めます。ぎゅっぎゅっと締めます。
03_編む.jpg

繰り返します。
04_編む.jpg

ぎゅっ。
05_ぎゅっ.jpg

「ぱたんぱたん」「ぎゅっ」
06_編む.jpg

「ぱたんぱたん」「ぎゅっ」
07_ぎゅっ.jpg

そろそろテグスを切っても良い長さです。
08_そろそろ切ろうか.jpg

‥‥わたし今思い出したのですが、テグス、一回だけ結んで、二回目を忘れておりました。きっとどんどんゆるんでいくかもしれない。まあ、それはそれかなあ‥‥

切ります。ハサミでもニッパでも、なんでも良いと思います。なぜここまでテグスがびよーんと長かったかというと、長くないと「ぎゅっ」と引っ張って縛ったり締めたりするときにうまくないからです。長いとやりやすい。短いとどうにもなりません。
09_ちょきん!.jpg

その後も「ぱたんぱたん」と「ぎゅっ」を繰り返します。
10_そのまま編む.jpg

ある程度すすんだら終わりになります。今回はもう一本ヒモを通します。対角線になるように通します。色はおまかせです。
11_一本はさむ.jpg

そのまま編み込みます。
12_ぎゅっ.jpg

編み込んだら終了に向かいます。3本ずつ「ぐるっ」と回してお互いに絡めます。
13_くるくるっ.jpg

絡みました。そしたら引っ張って整えます。
14_そして編む.jpg

できあがりです。
15_完成形.jpg


 以上、かなり端折った写真ですが(編んでるうちに写真を撮ろうとしていたことをうっかり忘れてしまう)、念珠編みの紹介でありました。何のためにブログで紹介? さて? なんとなく思い立ったからなのであります。

 カメラの練習っていう面も多分にあります。ホワイトバランスもISO感度も何となくわかってきました。今回はじめて露出補正ができるようになりました。でも「できる」ってだけで使いこなせてない。まだ甘々です。訓練あるのみ。

 ではでは。------------------------------------------------------------
以下、2009年3月15日付記:

 あたりまえのことかとは思いますが一応ことわっておきますと、お念珠のヒモが切れたからどうこう、たとえば悪いことが起こるとか良いことが起こらないとか、たとえば運が変わるとか変わらないとか、‥‥そういうことはまったくありません。

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ルビンの壷はご存知ですか? 壷を見ていたら人が見えないけれど、人を見ていたら壷が見えないという、不思議な絵です。

なぜこのような話をしたかというと、物事にはいろんな側面があって、「数珠が切れたら何か不幸なことがある?」以外に別の側面も必ずあるということを示したかったからです。もちろん「ただの物理的な運動の結果だ」という側面も、その可能性の中に入ってますよね。

宝くじがはずれたらどう思いますか?
「やっぱり俺には運がない」という知らせ以外に何が考えられないでしょうか。たとえば「まだ運が残っているかもしれない」という知らせは考えられませんか?

こうした考えのやり方には、1つのパターンがあります。それは「直観」(×直感)なんですね。ある1つの出来事を1つの側面から見て、そして別の1つの側面を「ハッ」とひらめく。でも仏教ではそういう直観はあまり重要視されていません。意外とロジカルなんです・・・
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(以上、たつみさんによる加筆(コメント参照。でもくやしかったから更に加筆 ^^; ありがとう。)。2009年3月16日)

 仏教の根本にあるのは

「いろいろなことが起こる。それは、いろいろな因と、いろいろな縁とによる。いろいろに起こったことは、さらに、いろいろなことの因となり縁となっていく。」

‥‥‥的な、お釈迦さまが現実の世界をよくよく観察していて気づかれた事実に基づく一連の考え方です。(「縁起の法則」と言ったり「因縁果の法則」と言ったりしますが今は詳細には触れません。お釈迦さまとシッダルタとの関係についても今はおきます。っていうか聞かないでね)

 仏教の基本には「果(結果)があるためには因と縁がなければならない」という考え方があります。

 その仏教の儀式で用いる法具の一つがお念珠です。ですから、お念珠のヒモが切れたら何を感じるべきかと言うと、決して「わたしのかわりに悪運を持ってってくれた!だから切れた!」とかではないでしょう。そういう根拠のない思いこみや捏造みたいなモノは、真宗に限らず、仏教からいちばん遠いところにあります。お釈迦さまから最も遠く離れたところにある考え方です。

 お念珠のヒモが切れて「ばらばらばらっ!」ってすごい大きな音を立てて床に落ちる。そこで何を感じるべきか。

 わたしはまず、すごくびっくりしました。つまり驚きを感じた。何せ、すごく大きな音が出ましたから。それに、まだ切れると思ってませんでしたから。そして「ああ、良かった。家の中で切れて本当に良かった」と思いました。そしてぼんやり「編むの久しぶりだなあ‥‥」と思いました。

 こういうのもあんまりお坊さんっぽくないなあ。お坊さんなら‥‥

 わたしはまず、すごくびっくりしました。突然切れたからです。そして反省しました。なぜなら、お念珠という「形あるもの」がいずれは壊れるのは、因果の道理に照らせばごくごく当たり前のことであるのに、その当たり前のことが起こって「びっくりする」、そのようなわたしであることが恥ずかしく思えたからです。また、「突然切れた」と思って驚きましたが、それも当たらないことを確認しました。ヒモが切れたのは、切れるための因と縁がそろったからです。わたしには「突然」のように思えましたが、それは決して突然ではありません。切れるべき因と縁とが整ったから切れたのです。それなのに「突然!」と思ってしまう、そのようなわたし自身をも、やはり恥じざるを得ませんでした。

 常日頃お坊さんのような格好をして、他者に対して仏法を説くようなことをしている、そんな差し出がましいことをしているわたし自身がいちばん仏法をわかっていない。仏法の基本の基本である「因果の道理」を全然わきまえていない、そのことを恥ずかしく思いました。

 そして、そのことを教えてくれたお念珠に感謝しました。


‥‥くらいのことを思って欲しいものですが。でもそれは時間が経って、ふと思い出すように感じたのみで、「ばらばらばらっ」って大きな音を立ててタマが転がったときには「わぁびっくりした!」ばっかりでした。そして「探せ拾え、さあ編むぞ!」と。

 それはそれで恥ずかしい。

 とっ。

 ともかく、お念珠のヒモが切れても、感じるべきは世の「無常」(形あるものはやがて壊れ形がなくなっていく・形のなかったものがやがて形になっていく、どちらも無常)であって、「運がどうこう」とか「悪いことが起こるかも?」とかではないのでありますよ。真宗にかぎらず、仏教的には。

 知識としては「無常」なんて誰でも知ってると思います。形あるモノが壊れる、そんなのあたりまえ。形なかったものがやがて形となっていく、それもあたりまえ。

 でもそれを体感するのは実はとても難しいことかな?と思います。少なくともわたしにはとてつもなく難しい。知識ではなく「本当にそうなんだなあ‥‥」的に、驚き(ときに悲しみ)をもって受け容れられる、‥‥お念珠が切れてびっくりした、それがそのための機会になれば良いなあと思います。

 最後むりやりお坊さんっぽくまとめようとしてますが底が知れてます。とほほです。

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以上、2009年3月15日付記。
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コメント 4

不明なデバイス

はじめて役に立つ記事が!
ナイスです。
by 不明なデバイス (2009-02-12 15:03) 

chishu

ありがとうです。
今日かばんの中から梅干しのタネ(タマ)がひとつ新たに発見されたんだとさ。ひゃひゃ。
テグスの代わりに「イカリ印の竿巻糸」も良いそうです。今日釣具店に行って探したところ、ちょっと太い感じのする3号が1コしかなかったので、もっとバリエーションを求めて今度は別のところに行ってみようと思っております。
by chishu (2009-02-12 16:13) 

I.M

はじめまして。
念珠を自分で作ろうと思い、編み方を検索したらこちらのブログがヒットしました。
とても参考になりました!
編み方は簡単だけど完成はきれいですし、編む途中を細かく写真で説明してくださっているので初心者の私でも出来ました。
ありがとうございました。
by I.M (2017-03-15 20:57) 

ちしゅー

I.Mさん、参考になってよかったです。

最近は、テグスではなく「握り糸」を使っています。
http://chishu.blog.so-net.ne.jp/2009-11-04
2009年からか……

テグスは「ぱっちん」と切れてバラバラになることがありますが、握り糸は徐々に徐々にほぐれていくので「そろそろ編み直した方が良いかな?」と思えるのでばらばらにならずにすむことが多いです。


by ちしゅー (2017-03-16 20:47) 

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