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叱る時にウソを刷り込んだら駄目。 [法話]

先日、NHKの『チコちゃんに叱られる』という番組で「お盆」の語源についてやるという情報を得て、リアルタイムでの視聴は厳しかったので録画を見て、大変にがっかりしました。
 
番組では、お盆って何なのか、知らないのにやってるのかい! というツッコミお叱りがあるという、お約束のパターンで始まって、……「諸説あります」といって締める、いつものパターンで終わりました。ただし「いつも」と違ったのは、メインの説明が、たいして勉強してない一僧侶であるわたしから見てもまったく納得いかなかったことだったのです。

なのでNHKのフォームから、苦情というか、善処を求める「メール」を送付しました。以下、その全文です。400字と短かったので言葉足らずですが大事なことは結構短く表現できるものなのだと学ぶ機会になりました。ありがとうございます。というか「お盆を「さかさづり」とし」とあるのは「お盆【の語源】を「さかさづり」とし」の誤りです。すみませんNHKさん。また「母はなぜ餓鬼道に落ちていたのか?」の説明も欲しい。他にも突っ込みどころがあるわたしのメールでした。

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「チコちゃんに叱られる」2018年8月17日の回でお盆を「さかさづり」としさらに「目連尊者の母上がさかさづり」「母は菩薩になった」「母が喜んだのが盆踊りの発祥」と説明したがこれは誤り。餓鬼道に落ちた母に布施できない目連の苦しみがさかさづりにたとえられのが正確。また母は天上に昇ったのであって菩薩にはなっていない。盆踊りは目連の喜びの踊りから。また「さかさづり」説より現在は「百味飲食を盂蘭盆に載せた」という「お盆」説の方が有力。
諸説あるとしているので取捨人情だとは思うが、さかさづりの説明さえまったく経典と異なるので指摘させていただきます。同じような指摘が各所から来ていると思います。誠実に対処してくださると嬉しいです。
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以上。ではでは。
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お盆ですね。 [法話]

『盂蘭盆経』の内容に従えば施餓鬼供養はできないことになると思うのですが(直接あげると燃えてしまう。だから僧侶に供養するというワンクッションを挟むことになっているのだと思う)、でもやっている。この時期に施餓鬼供養をやるようになったゆるやかな発祥みたいなのって、どこかに資料でありませんか?
 
と書いた後でぐぐったらいちおう出て来ました。
 
「施餓鬼」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%BD%E9%A4%93%E9%AC%BC
 
Wikipediaなので全面的には信用できないけれど、でも「加持飲食陀羅尼」で加持しながらならやれるという別のお経の記述と『盂蘭盆経』が混同されてお盆の時期にやるようになったものらしい、とのこと。この説明そのものはそのまま受け容れてもよさそうな感じかな……。
※だからそのままやるということではないですよ。
 
ちなみに、浄土真宗では「供養」という言葉を使うときは「おもてなし」くらいの意味であることが多いです。夏の安居の時に「大衆供養」というのがありまして、これは「大衆」(安居では安居に参加してる僧侶たちのことをこう呼ぶ)に対していろんな企業が「供養」(安居に出て来て勉強してると疲れるでしょうからちょっと休んだら良いと思います、お茶を出して接待します、プレゼントもあるよ、的な)してくださる会です。「供養」が狭い意味でではなく広い意味で使われている。
 
……供養に関して言えば、「永代供養」というのは、真宗の場合、故人に対して直接的にはたらきかけていくことを指して言うことはありません。逆に、故人が阿弥陀仏の本願力によって故人であるにとどまらず往生即成仏してわたしを教化する「はたらき」になってくださっているという教え(経)が真宗です。この教えをわたしが今聞けているのは、祖先はじめいろんな方々がご苦労くださって伝えてきてくださったからだ、だからわたしも、この教えが今後も、永代にわたって受け継がれていきますように……、と願って阿弥陀さまに感謝する行事なり布施なり何なりをしていく、というものであることが多いです。
 
お盆は、いろんなものが合わさって、この時期に、いろんなことをゆっくり考えたり味わったりしていくための好機になっている、と、とらえています。科学・技術の発展したこの現代に、日本中でこんなに民族大移動みたいなことをして、生家その他に帰ったり移動したりして家族や近しい人と一緒に過ごしたりして、あるいは一人で、広く深く自分の来し方行く末をぼんやりと、あるいはしっかりと考える、考え始める。得も言われぬ何かの力や「はたらき」の中にわたしはあるんだなと思うことが出来る、そのためには、こんなに良い時期はないんじゃないかと思います。
 
と、たまにはお坊さんのようなことも書いてみます。
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ラジオ出演。 [法話]

!(^▽^)!宣伝です!(・_・)!

本願寺のラジオ放送「みほとけとともに」。
先日京都で浄土真宗本願寺派本願寺の常例に出向した折、ラジオの収録をしました。
石田の出番は9月の第4週と第5週、ならびに10月の第1週と第2週です。
だからたぶん……こんな感じ?
 
9月第4週 1.ご法話
9月第5週 2.それを踏まえての対談
10月第1週 3.お寺の活動
10月第2週 4.本人の活動
 
http://broadcast.hongwanji.or.jp/html/radio.html
 
4つめのオンエアの収録ではあのラノベについても喋りましたが一体どんなふうに編集されてるんだろう。早起きが苦手なわたしはやはりWebラジオで聞くのだろうな……。
 
「テレホン法話
 放送開始より約1週間、配信サービスを実施いたします。
 TEL:075-371-7650(ナムコール)」
 
ともあります。ご期待ください(?
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本願寺派本願寺でご法話です。 [法話]

8月1日の昼から、8月4日の朝まで、
京都の浄土真宗本願寺派の本願寺でご法話します。

〒600-8501京都市下京区堀川通花屋町下ル
TEL 075‐371‐5181 FAX 075‐371‐5241

浄土真宗の法話案内
http://shinshuhouwa.info/article/index.php?id=34378

「常例」です。本願寺では毎日やってます。
毎日、
朝は 6時から、おつとめ(勤行)と法話(7分)、
昼は14時から、おつとめ(勤行)と法話(30分×2)、
夜は19時から、おつとめ(勤行)と法話(40分)、
という日程?時程?
でご法話をしてます。それの担当です。

■※■ 3日の昼は40分くらいの一回です。その後に別の行事があります。■※■

1日~3日の昼と夜は、本願寺の北隣にある「聞法会館」(もんぼうかいかん)の1階の広間でご法話します。(もん「ぼ」う会館です。本願寺派では「ぽ」ではなく「ぼ」の読みが伝承されているようです。「えっ?」と思いましたが、でも伝承はけっこう大事です。ちなみに本願寺派では「典座」を「てんぞ」とは読ます「てんざ」と読みます。まあそれはそれ。)
2日~4日の朝は、本願寺の本堂(阿弥陀堂)で「讃仏偈」をいただいて、その後、御影堂に移動して「正信偈」「和讃」のおつとめ。その後でご法話します。7分くらいです。朝はなんとなく、ご法話ではなくおつとめがメインのような気がします。早朝のおつとめが、信じられないくらいとても気持ちが良い。おすすめです。ご法話は短く簡潔にキュッと。

出番は、8月1日の昼から、8月4日の朝まで、です。
来られそうな方はぜひおいでください。悪いようにはしません。
阿弥陀さまが救う、という話になると思います。
よろしくお願いします。

テーマは、

ともる ひかる
生き方を問わない念仏の救い

です。
「ともる ひかる」は、阿弥陀さまの救いの灯(ともしび)が、阿弥陀さまによってわたしにともされて、わたしに、ともる。そして、わたしの上で、ひかる。わたしがひかっているとしてもそれはわたしの力によるのではない、阿弥陀さまの力によるのです、という意味です。
ちなみにこれはNHKの『デザインあ』で流れていた坂本真綾の名曲の曲名からいただきました。もちろんです。コーネリアスばんざい。
「生き方を問わない念仏の救い」というのは、さいきん本願寺派で「念仏者の生き方」というのを前面に押し出してやっている、あれを否定する物言いのつもりでは全然なく、逆で、推進し促進する解釈での言葉です。
つまり、念仏の救いはわたしの生き方を問わない、にもかかわらず、お念仏をいただいたわたしは、自らの生き方を自らに問わずにはいられない、ということです。どっちかというと「にもかかわらず」の前の部分に重きをおいたご法話になりそうな気がします。ときどきはしかし、後半も言うと思います。どちらも大事です。

という感じです。
不安がいっぱいですが、精一杯やります。

よろしくお願いします。
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第10回真宗合同布教大会ネット配信 [法話]

2018年6月30日に、
富山県の真宗大谷派 富山別院で開催された
「第10回真宗合同布教大会」のネット配信です。
https://www.youtube.com/watch?v=QQLcNXd9rU0
 
たぶん期間限定での公開です。
お聴聞なさる方は、おいそぎご閲覧ください。
 
当日の日程等(ご法話の順番など)の詳細は、こちらです。
http://sinshugodo.net/archives/722
 
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「他力本願」? [法話]

今回のポーランド戦の後に、いろんな人が、人口に膾炙した「他力本願」という言葉を誤用して連呼したそうですね。「他人の力をあてにして自分の願いを実現しようとする」という内容なら無理して「他力本願」という格好良い四字熟語を使うのではなく「他力願」と言えば良いのです。なぜなら誤用されて言及される「願い」は決して「本当の願い」や「根本の願い」ではないからです。
 
だって、日本が今回「本当に」目指してるのは8強以上であって16強以上ではないでしょう? となるとグループリーグ突破という「とりあえずの願い」は「本願」ではないからそこに「本」をつけるのはあまりに不適切。
 
こういう場合は「他力願」と言いましょう。
 
……と、ここでつぶやいていても何の話題にもならないし何の効果も生まないけれど、でも、誰かシェアして広まってってくれないかな。わたしは拡散について何の努力もしないままで他力本願の誤用が減るというとりあえずの願いが実現されたら嬉しいな……。

用例:
「そんな ↑ 他力願なやり方ではだめだと思うよ?」

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※他力本願とは、自分が阿弥陀仏の浄土に往生する際にあてにする力のうち、自分の力か、阿弥陀仏の力か、どっちか、というときに、自分ではなく阿弥陀仏の「あなたをわたしの浄土に生まれさせて仏にしよう」という本願の力をあてにするという局面で出てくる言葉です。【この場合の「他力」を】英語に訳すと「other power」ではなく「the other power」となります。ふたつしかないときの、こっちじゃない、あっち、ということですから。自分の往生の際にあてにするのは自分ではなく阿弥陀仏の力です。他人の力はまったくあてにできません。
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なんまんだぶ。 [法話]

 
ご回向の
 ねんぶつ口にとなえつつ
  信心さがすひとぞ
   おかしき

by 三重のお同行


なんまんだぶ。
Facebookで紹介されていました。
身に覚えがありすぎて恥ずかしくてありがたいです。
なんまんだぶ。
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ハチクロ! [携帯から更新]

『ハチクロ』だ!(?)

ちしゅー
2018-05-12T18:47:35.jpg

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常例でした。 [携帯から更新]

今日は常例でした。
山陰は島根から来られた、村上元師がおとりつぎくださいました。
なんまんだぶ。

ちしゅー
2018-05-09T15:38:03.jpg

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こども会 [携帯から更新]

今日はこども会です。

ちしゅー
2018-05-05T09:28:25.jpg

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